日本滞在記/母

母は今から20数年前、彼女が40歳になってすぐ位に体調がおかしくなった。

学校の連絡帳に親のサインがいる時があった。
母に頼んで書いてもらうと、達筆だった母の字がいつもと違う。
食卓に並ぶ漬物がどれも切れていなくって、つながっている!

母に聞くと、
『 最近、疲れているのか手が震えるのよ~。どうしたのかしら・・ 』

その後、母の手の震えは止まらず、毎日震えるようになる。

病院へ行った母は、何も原因が分からずに帰ってくる。
近所の何件の病院へ行っても理由は分からない。 

多分、疲れやストレスだろうと言われ帰って来る。





そんな中、近所でヤブ医者と言われていた病院があった。
今、思うと酷いけど当時の下町では噂話や、近所の評判で
その病院へ行く人は少なかった。

その病院へ、何を思ったのか母は行った。 

そこでその先生が、
『 まっすぐ歩いてみてください 』

母は言われたまま、歩く。手の震えを見せる。

先生は、母の体をジッと見て、

『 パーキンソン病だと思います 』

帰ってきた母は、私達にその事を伝える。

そんな聞いた事もない病名を言われても、皆意味が分からない。

『 で、お母さんどうなっちゃうの? 』

私はとにかく母が心配で、訳も分からずに泣いてしまったあの日を
今でも覚えている。

あれから、20数年。今、母は63歳。

体の筋肉が固まり、ほとんど寝たきりになってしまった。

私がカナダに引越してくるまでは、少しは動けたが、その後
急に体の調子が悪くなり、病院生活をしている。

今まで、父と共に母の面倒を見ていてくれた姉には感謝している。
薬の副作用や色々な事があって、家で介護するのは難しくなってしまった。

今回の里帰りで、母の病院へ初めて行った。

母は、元々双子の未熟児で産まれて体が小さい。

その小さな体がもっと小さくなっていて、喉周りも固まってしまい、口を聞く事も
あまり出来ない。

私の顔を見た瞬間、母は涙をボロボロ流し泣き出してしまった。
一緒になってわんわん泣いた。

興奮して、疲れさせてしまったけど、私が顔を出すと母は喜んでくれた。
私の話す小さな出来事やくだらない話に笑ってくれた母。
母もまだまだユーモアは忘れてはいない。病院の身の回りの物などで
色々と笑わせてくれた。
泣き笑いする母が一生懸命、お饅頭を指差して食べたいのポーズ。
笑いすぎて、隣の人に注意されてしまった!

一度だけ、凄く体調や顔色が良かった日に散歩にも行けた。
自分の親なのに、車椅子にも動かせてあげられなくて情けなかった。
私よりもかなり若い(細い!)介護ヘルパーの方が、それはそれは上手に移動させてくれた。

車椅子を押して、散歩している時、
こんな日が来るとは覚悟はしていたつもりだったけど、
それが母の年齢を思うと、あまりにも早すぎて悲しくて涙が止まらなかった。

姉から、電話で具合は聞いていたものの、実際に直面すると
辛くて悲しくて、悔しくて・・・・私は情けないほど泣き虫だった。

自分が年をとるように、当たり前に親も年をとる。
自分の親は無敵だって小さい頃に思っていた。
病気が分かったあの日も、今までの母ではなくなってしまうと言う
何とも言えない恐怖があった。

今は、その恐怖はなくなり、ありのままの母を受け入れられたと思っている。

病気と長い間戦ってきたのは母で、一番辛いのも母だろう。

こんな遠くカナダにいる事を本当に後悔してしまった。
いつでも、会いに行ける距離にいない親不孝な娘だ。

でも・・・
母を悲しませない為に、私自身が幸せになる事が親孝行なんだと
思うようにしている。

上手くまとめられないけど、そんな事を思った日本だった。
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by emma_etc | 2006-02-12 10:48 | @日本
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